「ボレロ」聴きくらべ

何種類かの「ボレロ」演奏を聴きくらべてみてみました。7人の指揮者によるものですが、たまたま自宅にあったCDを聴いての独りよがり的感想です。 

①ラヴェル指揮/ラムルー管弦楽団(1930年録音)                                                    「ボレロ」にはなんとラヴェル自身の演奏があります。1930年ラムルー管弦楽団との共演です。自作自演というと譜面通りの差し障りない演奏かと思いきや、この演奏は超ビックリです。なんとBメロを最初に奏するファゴットが、後半で数カ所リズムを変えて演奏するのです!しかもこれはその後他の楽器の時も行われ、目立つところではトロンボーンのソロでも、後半の練習番号14、15のトゥッティでも行われています。譜面通り奏される場合もあるので、明らかにラヴェルの指示と思われます。 全体的にはゆったりとしたテンポ(自作自演なのでこれがノーマルとも言えますが)で比較的構えの大きな演奏です。ただオーケストラの力量は現代の水準には及びません。

②クリュイタンス指揮/パリ音楽院管弦楽団(1961年録音)
「ボレロ」に限らずラヴェルと言えばクリュイタンスの演奏が今でも揺るぎない評価を得ています。粘らない軽快なテンポ、フランス的な軽やかで垢抜けた響きで満たされた演奏です。難演のトロンボーンソロも「えっ、これトロンボーン?」と思えるくらい軽やかでスイスイと演奏されます。ただ呼吸感、フレーズ感、音と音の有機的なつながりみたいなものがあまり感じられず、楽器同士の響きのブレンドも今ひとつ。練習番号12番のヴァイオリンが始めて登場するところも音が堅く平面的に聞こえます。練習番号16番のトランペットの音も突出して響きます。ということで、個人的には悪くはないけれど一般的な評価ほどではないという感じの演奏です。

③デュトワ指揮/モントリオール交響楽団(1981年録音)                            デュトワはスイスのフランス語圏の指揮者で、フランス物の演奏では第一人者と見なされています。NHK交響楽団の音楽監督も務めました。この「ボレロ」は、冒頭のフルートから明るく柔らかな馥郁とした響きで満たされ、全くストレスを感じさせない演奏です。妖艶なBメロも毒気がありません。練習番号12番のヴァイオリンも陽光溢れる南フランス(行ったことはありませんのであくまでイメージですが…)の空気感が漂います。全編耳のご馳走!聞き終わった後は興奮より幸福感を感じる演奏です。「ボレロ」の毒気はありませんが、これはこれですばらしい演奏です。

④カラヤン指揮/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1985年録音)                     
ソロの各楽器も上手で難のないシンフォニックな演奏です。「ボレロ」から話は外れるかもしれませんが、カラヤンは1970年前後が全盛期だったと思います。チャイコフスキーやR.シュトラウスなどは断然60年、70年代の演奏の方がいいです。晩年は音に潤いやしなやかさがなくなり、その分頑固親父的な押しつけがましさが際立ってきます。                             「ボレロ」の場合は曲調もあり、カラヤン臭はそんなに感じさせませんが、各楽器の音のブレンド感や柔らかなニュアンスは希薄です。

⑤アバド指揮/ロンドン交響楽団(1985年録音)                                                                     
この演奏は何かに取りたかれたかのごとく一気呵成に演奏されます。このCDが発売されたころ、「演奏していた楽員が感動のあまり叫び声を上げた」という売り文句で話題になりました。確かに曲の最後の方、ドラが鳴るあたりで歓声のようなものが聞こえますが、はっきりとはわかりません。いくら感動したとはいえ、プロのオーケストラの楽員が叫び声を上げるとは到底思えませんが…。アバドはイタリアの指揮者だけに、歌に溢れたセンスのある音を出す指揮者です。この「ボレロ」は最初から最後まで緊張感に溢れたスリリングな演奏です。各ソロ楽器も抜群に上手です。

⑥ブーレーズ指揮/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1993年録音)                    作曲家でもあるブーレーズは、完璧な耳を持ちソルフェージュ能力に長けた、デジタル的な指揮者と言えましょうか。合わせて粘り気のないクリスタルな音色を持つ指揮者なので、尚更デジタル的な感じを助長しています。「ボレロ」は冒頭のスネアドラムのリズムからしてカラオケのように機械的に奏されます。フルートのソロから最後まで清涼感のある音で貫かれ、トゥッティの部分も各楽器が完璧なバランスで見通しよく演奏されます。                               デジタル的とか機械的とか言うとネガティブ感を持たれるかと思いますが、ブーレーズという指揮者の不思議なところは、その中から音楽がはっきりと聴き取れることです。同じラヴェルの「クープランの墓」は個人的に愛聴盤です。一見無表情のようでいて、ほのかに琥珀色に染まった冒頭のオーボエの音色がたまりません。                                    「こねくり回さなくても、スコアの中にはこれだけ色んなニュアンスがあるんだよ」というブーレーズの声が聞こえてきそうです。

⑦チェリビダッケ指揮/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団(1994年録音)                                                        チェリビダッケはルーマニアの指揮者で、大戦後、フルトヴェングラーが非ナチ化裁判を受けている間ベルリンフィルの指揮者を務めました。フルトヴェングラーの死後、ベルリンフィルの正式な指揮者となるかと思いきやオケと衝突し、結果常任指揮者はカラヤンになりました。また、レコーディングを毛嫌いしていたこともあり、しばらくの間巷では幻の指揮者扱いをされていました。チェリビダッケは普通の指揮者が2日くらいの練習で済ませるところを1週間くらい要求し、徹底的なリハーサルを行いました。ちなみにチューニングのやり方まで指示したそうです。指揮する曲はソリストを擁する協奏曲以外は全て暗譜で、なんとリハーサルも暗譜で行いました。                     前段が長くなりましたが、チェリビダッケの「ボレロ」については思い出があります。1970年代の半ば頃、NHK-FMでヨーロッパのコンサートの実況録音を放送していました。その時にシュットゥットガルト放送交響楽団を指揮した「ボレロ」を聴いてショックを受けました。明るく柔らかで伸びやかな音であるにもかかわらず、スネアドラムの開始からラストまで張り詰めた緊張感が続くのです。完全に魔法にかかってしまいました。                                  チェリビダッケはほとんどレコーディングをしなかったのですが、彼の死後、晩年指揮したミュンヘンフィルとのコンサートライブの多くがCD化されました。晩年のチェリビダッケは超スローなテンポを採るようになったため、ミュンヘンフィルとの「ボレロ」も18分近く擁しています。残念ながらこのCDを聴いても魔法にはかかりません。テンポ以外に1970年代の演奏とコンセプトは基本変わりありませんが、CDから聴こえてくるこのゆったりたしたテンポでは音楽が間延びして聴こえるからです。色々な要素が含まれている演奏なのに、そこだけが助長されてしまうのです。ただ、当日会場に居合わせた人には魔法がかかっていたようです。その証拠に演奏後の拍手喝采はもの凄いものがあります。チェリビダッケは生前、「音楽は生成するもの」と語っていました。音=音楽はその場で生まれ消えていく、その一瞬一瞬が音楽であり、後戻りや再生はできないということのようです。チェリビダッケはだからレコーディングをしなかったのです。 今、チェリビダッケの多くの映像がYouTubeに配信されています。若い頃のものから晩年まで、「ボレロ」も1971、1983、1994年のものがアップされています。しかし残念ながらそこからはチェリビダッケの音のニュアンスはほとんど聴こえてきません。ただ、指揮ぶりからチェリビダッケがどんな指揮者だったのか想像することはできると思います。

まとめ                                                「ボレロ」は名曲ですので数10種類のCDが存在すると思われます。指揮者、オーケストラによってテンポも音色も全く異なります。聴き比べてみるのも楽しいと思います。